賃貸経営におけるトラブル事例と解決(予防)策

2015年03月10日

福井総合法律事務所 弁護士 清水 啓史

去る3日10日、京都ライフ本社会議室にて行われましたセミナーをレポートさせていただきます。今回は新進気鋭の若手弁護士・清水先生をお招きし、賃貸経営にまつわるトラブル事例とその対応策について、法的観点からケーススタディーを用いて大変わかりやすくご解説いただきました。

1.高齢の入居者にまつわるケース

【ケース1】
入居者Aさんは、20年以上にわたり賃貸アパートB(家賃月額4万円)の201号室に独りで入居している70歳の男性である。連絡をとっている家族もいないようで、5年前には仕事を辞め、現在は年金暮らしをしているが、年金額はそれほど多くないようである。
Aさんは、従前は遅れることなく家賃を支払ってくれていたが、最近は家賃の支払が遅れがちになり、滞納も生じるようになった。Aさんにこのことを話しても返答は要領を得ず、何度も説明しようとすると怒り出してしまう。

【ケース1の検討】

(1)関係機関との連携はとれているか
高齢者の介護に関する相談や、保健・医療・福祉の相談など日頃の生活に必要な相談を受けるために、「地域包括支援センター」という京都市が委託して運営している公的な相談窓口が利用可能。
(2)どのような改善が図れるか
・年金額が低額な場合...生活保護
・金銭管理の援助等...日常生活自立支援事業
・入居者の判断能力が不十分な場合...成年後見制度
(3)注意点
・関係諸機関の立場としては、あくまで本人に対する援助であるという点。
・入居者の自己破産により回収不能となる場合がある為、早期の対処が重要であるという点。

2.入居者の死亡にまつわるケース

【ケース2】
賃貸アパートBの302号室には、30歳の独身男性Cさんが入居していた。Cさんとの賃貸借契約においては、Cさんの父親Dさんが連帯保証人となっていた。
平成27年2月●日の明け方、Cさんは302号室の前の廊下で手首を切って自殺した。なお、賃貸アパートBの3階には302号室のほかに301、303号室があるが、301号室に行くには302号室の前の廊下を通らなければならない。

【ケース2の検討】
問題となる事項は、次の3つである。

(1)次の入居者を募集する際の説明義務について
次の入居者を募集する際の説明義務については、次のような判例を参考にすることができる。
「自殺があった建物(部屋)を賃借して居住することは、一般的に、心理的に嫌悪を感じる事柄であると認められるから、賃貸人が、そのような物件を賃貸しようとするときは、原則として、賃借希望者に対して、重要事項の説明として、当該物件において自殺事故があった旨を告知すべき義務があることは否定できない。」
(参考)東京地方裁判所平成19年8月10日判決判例秘書L06233508
ただし、共用部分における自殺については裁判例の蓄積がない為、室内自殺についての裁判例等を参考に、方針を決める必要がある。同意書の取得も必要となる。

◆どれだけの期間、説明するか?
室内における自殺に関する事例として、次の例がある。この期間よりは短くなる可能性が高い。

・東京地方裁判所平成12年11月29日判決
仙台市内(大都市)の単身者用4階建アパートで起きた室内自殺。当時の家賃は月額4万8000円。その後、その部屋を2年間の約定で月額賃料2万8000円とせざるを得なかった。家賃減額分×10年分を会社(自殺したのは社宅内)に対し請求した事案。
「本件のような貸室についての心理的瑕疵は、年月の経過とともに稀釈されることが明らかであり、本件貸室が大都市である仙台市内に所在する単身者用アパートの一室であることも斟酌すると、本件貸室について、本件事故があったことは、2年程度を経過すると、瑕疵と評価することはできなくなる(したがって、X(賃貸人)において、他に賃貸するにあたり、本件事故があったことを告げる必要はなくなる)ものとみるのが相当である。」
・前掲の東京地方裁判所平成19年8月10日判決
東京都世田谷区、2階建10室の主に単身者を対象とする2階建て10室のワンルームの物件で起きた室内自殺。相続人と連帯保証人に、損害賠償請求。
1)自殺事故は時の経過により嫌悪感が稀釈すること。
2)新たな賃借人が入って一定期間住めば、影響はかなり薄れること。
3)物件所在地からすれば、近所付き合いは希薄であること。
4)本件自殺事故は世間で話題になっていないこと。
以上の理由から、自殺後の最初の賃貸人には告知義務あり。ごく短期間で退去したなどの特段の事情がない限り、次の賃貸人には告知義務なし。本件では、一契約期間2年となった。

◆どの範囲の入居者に説明するか
管理費も徴収しており、301号室に行くには現場を通らなければならない為、別室の場合よりは、説明する必要性が高まる可能性が高い。ただ、その部分を通らない人と通る人で説明の有無を分けることもありうる。室内における自殺に関する事例として、前掲東京地方裁判所平成19年8月10日判決などがあるが、自殺があった部屋に居住することと、両隣や階下の部屋に居住するのとでは、常識的に考えて嫌悪感にかなりの差が生じる。これに前記①~④を併せると、告知義務なしとなる。

◆どのような説明をするか
裁判例で明示したものは特になし。

(2)入居者の善管注意義務(民法第400条)違反から、相続人・保証人に対する損害賠償請求が可能

(3)逸失利益の請求について
室内自殺の場合よりは、逸失利益は少なくなるのではないかと考えられる。ただし、告知義務が認められるのが前提。説明義務と同様に裁判例の蓄積がないが、室内における自殺に関する事例として次の判決などを参考にできる。

  • 前掲東京地方裁判所平成13年11月29日判決...家賃減額分×2年分。
  • 前掲東京地方裁判所平成19年8月10日判決...1年間は賃貸不能となる為、1年分は家賃全額。また、その後2年間は家賃半額。
  • 東京地方裁判所平成22年9月2日判決判例時報2093号87頁
    東京都内のワンルームマンション。東急田園都市線沿線。...賃貸不能期間は1年。その後2年間は家賃半額。

※また、マンション内での入居者の自殺に対応した保険もある。

3.室内の物品の撤去にまつわるケース

【ケース3】
賃貸アパートBの403号室には、50歳の独身男性Dさんが入居していた。Dさんとの賃貸借契約においては、父親のEさんが連帯保証人となっている。
Dさんは4カ月分の家賃を滞納していたので、解除通知を内容証明郵便で送付し、平成27年2月●日、これがDさんのもとに届いた。
その後、平成27年3月●日の朝刊に、Dさんが勤務先で傷害事件を起こして逮捕されたという新聞記事が載っているのを発見した。

なお、賃貸借契約書には以下のような条項がある。

・条項A
「賃貸借終了後に賃借人が明渡しをしないときは、賃貸人において目的建物内の賃借人の動産類を搬出して明渡しを実行することができる。」
・条項B
「本契約の終了時、賃借人がその荷物・残存物を引き取らないときは、連帯保証人が賃借人に代わって荷物・残存物を引き取らなければならない。」
・条項C
「本契約の終了時に本物件に残存物があるとき、賃借人がこれらの全ての所有権を放棄したものとみなす。」

【ケース3の検討】

(1)条項Aに基づく撤去について

・条項の有効性に注意
このような条項は、「自力救済」にあたり、民法第90条により公序良俗違反で無効と解される。
・刑事責任
刑法第130条による住居侵入、同法第261条による器物損壊、刑法第235条による窃盗等が成立するおそれがある。
・民事責任
民法第709条による不法行為に基づく損害賠償責任が成立するおそれがあり、プライバシー侵害に対する慰謝料や、処分した物品の時価相当額を請求される恐れがある。
・証拠隠滅を疑われるリスク
証拠隠滅を疑われるおそれがある。

(2)条項Bに基づく撤去について
保証人・親族による明渡しについては、入居者の「任意の明渡し」があるわけではないので、法律的には正当性がない。よって、保証人・親族と共同での責任(前記(1)参照)を負うリスクや、証拠隠滅を疑われるおそれがある。

(3)条項Cに基づく撤去について
賃貸借契約時には契約終了時に何が残っているか明確でない為、条項Cに基づいて所有権が放棄されていると評価されず、高価品につき責任追及されるリスクが生じる。また、証拠隠滅を疑われるおそれがある。

(4)処理方法
裁判手続による処理は、建物明渡請求訴訟の提起のち、強制執行という流れになる。また、明渡し・所有権放棄に関して、入居者からの同意書面を取得する必要があり、自ら撤去等をしない方がよい。撤去の際は、予め警察に連絡しておく必要がある。

(5)逮捕された入居者との連絡手段...捜索差押で警察が部屋にくることも

・逮捕されたもののスケジュール 逮捕されたもののスケジュール

・刑事弁護人弁護士を通じた連絡
講師の清水弁護市が刑事弁護人をしているときに、「家主に弁護人の連絡先を伝えてよいか」という問い合わせを受けた経験がある。

4.原状回復にまつわるケース

【ケース4】
賃貸アパートBの503号室には、22歳の独身男性Fさんが入居していたが、平成27年3月●日に退去することとなった。室内を見てみると、壁の一部に落書きがされていた。503号室の壁については、クロスの交換後8年が経っていた。

【ケース4の検討】
原状回復義務には、通常損耗の部分は含まれない。

国土交通省住宅局『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)』9頁より

(1)国土交通省のガイドラインについて
賃貸住宅の退去時における原状回復につき、妥当と考えられる一般的な基準を国土交通省がとりまとめたもの。法的拘束力はないが、下級審等の実務においては大きな影響力をもつ。ただし、法的に有効な特約があればそちらが優先となる。

(2)本件の検討
国土交通省のガイドラインによると、落書きは通常損耗(そんもう)に含まれない為、相手に費用負担を求めることができる。落書きされた壁のクロスは、交換後8年経っており、ガイドライン23頁によると、「6年で残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定する」とあり、本件では1円しか請求できないようにも思えるが、ガイドライン12頁によると、「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても、賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく、そのため、経過年数を超えた設備等であっても、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得ることを賃借人は留意する必要がある。具体的には、経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。」となっている。

まとめ
賃貸借契約書の条項は法的にすべて有効というわけではなく、リスクを軽減する程度のものもあるという認識を持つほうがよい。万が一の際、対処を誤らないようにしたい。


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